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 解説大法寺風蝕(ふうしょく)

大法寺三重塔の初重の正面右−すなわち東南の隅柱を写したもの。一番太い丸柱は、東南の隅柱で、この柱から左右に横材が出て、隣の柱と結んでいる。この横材は「長押」といって柱に釘でうちつけてある。その釘の頭をかくすために「釘かくし」というものが、かぶせてある。写真中の花の形をした鉄の板がそれだ。
この「長押」が腰のあたりにあれば「腰長押」頭のあたりにあれば「内法長押」、縁のすぐ上にあれば「縁長押」といっている。
この三重塔は大正8年から9年にかけて(1919〜1920)、解体修理された。そのとき、腐朽した古材は新材にとりかえられたが、この隅柱と「腰長押」「内法長押」「縁長押」は古材がそのまま残されている。
この隅柱に三本の「長押」がとりつけてあるがその柱の太さに目をとめてほしい。太い丸柱が途中から少し細くなっている。つまり「長押」のとりつけてある部分は昔のままだが、それから離れたところは、太さが減っているのである。
これは「風蝕」といって、長年月には雨と風だけで、これだけ減ってしまうのである。
これはけやきの柱だが、このような固い材でも100年に2ミリメートルぐらいの割合で風蝕があるものらしい。ひのきの柱だと3ミリメートルぐらい減るそうである。そういえば、実測してみるとこの柱はたしかに11.5ミリメートルぐらい細くなっている。100年に約2ミリメートルという計算となる。
正慶2年(1333)創立以来六百数十年の風雪に耐えぬいて、この秀麗な塔をささえてきた柱の歴史がそのままここに現されているわけだ。
歴史の織りなした芸術品というより表現のしようもない柱である。
 
撮影日:
地区/自治会: 99上田市外/
シリーズ: 塩田平の文化と歴史 4解説
登録されているキーワード: 神社 史跡 観光 
 
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